おはようハイキングのお知らせ 『森町・歴史の散歩道』
おはようハイキング お知らせ
『森町・歴史の散歩道』
『森町・歴史の散歩道』

『おはようハイキング』は、島田ハイキングクラブ(SHC)の主催する事前の申し込み無しで気軽に参加できる楽しいハイキングです
墓石が削られてしまうので檻の中に入っています
蓮華寺(萩の寺)と大洞院(森の石松の墓で有名)は近世まで馬の神詣が行われ、馬道が開かれていました。観音池、みほとけの道、鏡石などの見どころが点在し、自然豊かな八形山の見晴しポイントからは遠州灘が望めます。天宮神社(樹齢千五百年の「ナギの木」)、三島神社を巡り、次郎柿原木を見学しながら周回します
◆期 日 10月27日(土) 雨天中止
◆集 合 第一:島田中央公園第5P(6:20発) 最終:遠州森駅駐車場P(7:00集合)
※列車利用 島田駅5:56=〈東海道線〉=6:14掛川駅6:32=〈天浜線〉=7:00遠州森駅
◆行 程 遠州森駅(7:15)…蓮華寺…八形山…大洞院…瀬入川橋…天宮神社…三島神社…
次郎柿原木…遠州森駅P(10:45)
歩行時間:約3時間30分 距離:8.5km 累積標高:225m
◆ご参考 森町ウォーキングコース12選 ②歴史の散歩道コース案内は、こちらから

◆担 当 はなみずき東グループ
※安全には配慮しますが、予想外の事故等生じる可能性もありますので、会員外の方は、当日、緊急時連絡先の申告をお願いします
ところで、『森の石松』ってどんな人だっけ?と思って、ネット検索をしてみる。どのサイトの書き始めも 『森の石松は、清水次郎長の子分として幕末期に活躍したとされる侠客。出身地は三州半原村とも遠州森町村とも伝えられる』とあり、あやしい。本当のところは?
【まめ知識】
静岡大学名誉教授 田村貞雄氏『森の石松はどのように創られたか』の講演記録には、石松の浪曲がどのように創作されていったか、その過程が文献に基づき語られており、興味深い。田村先生によれば・・・
『三州の石松』と言う人は実在し、愛知県新城市の出身、お墓(1830年没)も同所にある。『森の石松』は三州の石松や次郎長の子分豚松(隻眼だった)を基に、浪曲師等が大正時代に創作した架空の人物です。大洞院の墓は、石松の浪曲がラジオで放送されるようになった1935年(昭和10年)に作られている。と言うことで、墓石を欠いて持って行っても御利益のほどは如何か?
【どうでもよい話】
『秋葉路や花橘も茶の香り 流れも清き太田川 若鮎踊る頃となり 松の緑も色さゑて 遠州森町よい茶の出処 娘やりたやお茶摘みに ここも名代の火伏せ神 秋葉神社の参道に 産声あげし快男児 昭和の御代まで名を残す 遠州森の石松・・・義侠伝』
これは、二代目広沢虎造の浪曲『清水次郎長伝 本座村為五郎』の枕詞(語りだし)ですが、なんと、森町茶業青年研究会がお茶のCMとして、当時、大流行の浪曲に謳いこんでもらったものです。ただし、上記、田村先生によるとこの詞には、間違いが2つあるそうですよ
ちなみに『江戸っ子だってね~神田の生まれよ』で有名な『石松三十石船道中』では、最初の一行が『旅ゆけば 駿河の路に 茶の香り』となっており、演目の締めは、『バカは死ななきゃ治らない』
【更にどうでもよい話】
『駿河路や花橘も茶の匂ひ』 松尾芭蕉が大井川の増水で4日間島田に足止めされたときに読んだ句。芭蕉が匂ったのは新茶じゃないんですって!?
投稿【SHC広報】
第127回 『牧之原公園~諏訪原城』
第126回 『藤枝駅周辺の低山・史蹟を周回する』
第125回『「エコパ裏山散策と法多山で新年のお参り』メインコース
第125回『エコパ裏山散策と法多山で新年のお参り』サブコース
第124回 どうだん原~柏原(千葉山 赤松尾根)
高草山登山コースを周回する(方ノ上城址,方ノ上古墳群、石合山、狼煙台、幻の池)
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